ヘッダーメッセージ

07 下にある街

トゥルーに先導されて歩く地下道は、とても奇妙な場所だった。水路というわけでもなく、街が丸々そのまま、ただ地上から地下に移動しただけに見える。しかし、全くと言っていいほど人の気配がない。
「トゥルー、ここはどういう場所なの?」
「……ああ、あんた旧地下街も知らないのか。ここは昔の居住区よ。そっちの方、大きな通路に見えるだろうけど普通に海だから、落ちないでね」
その言葉に驚いて、左手の空間を見る。黒い道路に見えていたそれは、よく見れば確かに緩やかに波打って見える。そして慣れてきた目で薄暗がりを見渡せば、ところどころ大きく崩れたり、瓦礫の大岩が道を塞いでいる場所もあった。トゥルーは地形が頭に入っているらしく、通りやすい安全な道を選んでいるとわかる。しばらくきょろきょろと進んでいると、無口だったトゥルーが口を開いた。
「ねぇ、あんた。その髪と目の色。本物の珊瑚人(コラド)なのよね。普通に髪も隠さずに往来を歩いてるの見て、かなりビックリしたんだけど。自衛くらいしなさいよ。迫害対象なの知ってるでしょ」
先ほども学生から聞いた同じ言葉に首を傾げる。
「なんでみんな、そのコラドって人を嫌がるの?」
ピタ、とトゥルーの動きが文字通り止まった。
「わたしはその人じゃないけど、かなり嫌な態度だと思うよ? かわいそうだよ」
ぎぎ、とゆっくりトゥルーの顔がこちらを向いた。綺麗な紫色の目がぐるぐる動いている。
「な、んなの」
「?」
「ぅありえないけど!! その! 常識の無さ!!」
さっきはわたしに静かにしろと言ったその声が、大きく旧市街に反響している。
「いい!? よく聞きな! ひとつ! あんたら珊瑚人はその昔、この大陸に災厄を招いたって伝わってる!!」
「ふたつ! しかも、この大陸を沈めるほどの癇癪を起こした大魔女と呼ばれたのが、桜色の髪と海色の目を持つその容姿って話!!」
「みーっつ! だから嫌われて当たり前!! わかったか!」
わかったか、わかったか……とエコーを聞きながら首をひねる。
「めちゃくちゃ初耳なんだけど。でも要するに、その人に似てるからわたしは追っかけられたと。わたしは魔女じゃないから、やっぱり人違いだと思う」
真ん丸な紫の目が、諦めたように高い天井を仰ぐ。その肩に、大声に驚いて一度離れていた青い小鳥が戻ってきた。
「その子、飼ってるの?」
「……飼ってないわ。言うなれば仕事の相棒よ」
ため息交じりにこちょこちょと小鳥をかいてやるトゥルーは、また何かを考えているようだった。しばらくして、目を合わせず聞いてきた。
「あんたは、何? どっから何しにこの街へ来たの」
「ナモナキ村に突然やって来て、わたしの大事なものを奪ったイーヴァン王と、ピアス将軍って人を追って来た……」
トゥルーの目が、今度はこちらを探るものに変わる。
「追ってるって、どうする気なの?」
黙るわたしと、しばらく見つめ合う時間が続くが、チュピピ! と可愛い声で鳥が鳴き、道の先へ飛び去った。
「……進みましょ。でもま、あんたに言っとくわ。王国ではあんたは迫害対象。これはスコラで教えられることよ。教会や神殿は治外法権だから、うまく使うことね」
スコラ、はくがい、ちがいほうけん。知らない言葉ばかりで少々げんなりするが、曖昧にうなずく。
気分とは裏腹に、不思議と、先ほどまで走り回っていたのに疲れがどんどん回復していくのを感じる。
たぶん、この海の香りが心地いいのだ。
それにしても、と旧市街を見渡す。外観だけを見れば、やはり人がひっそり暮らしていてもおかしくはなさそうなのに。さっきの話で言うと、大魔女と呼ばれる存在によって、この街は沈んだということだろうか。

「ねぇ、トゥルー」
「やっぱり、ひとくくりにされるの釈然としない」
話し出すタイミングが被り、「え?」と聞き返すと、きっ! と気の強い目と視線がかち合った。
「ピアス将軍は情に厚い人だから! イーヴァンなんてのは、現人神とか言われてるけど育ちは地方の港町で、スコラもろくに行ってないヤンキーだから!」
「えぇぇ、急にボロクソに言う……」
何が地雷だったのかはわからない。が、逆毛を立てた子猫のように猛然と、美貌の情報屋がしゃべり出した。
「元はと言えばよ! あの男は王になる資格はあったけど、正式に候補には入ってなかったの!! 他の有力候補二人が、うまく雲隠れしたせいで白羽の矢が立っただけ! 王になる器って言ったら、厄災みたいな凶暴性ぐらいのものなの! 10歳年下のお姫様と政略結婚で、その人とピアス将軍の有能さで国が回ってるに過ぎないわ!」
情報量が多い!! しかし、強烈に引っかかったワードに瞬く。
「政略結婚って何」
「王都近隣に、友好関係の大きな領地があったの。そこの領主が病弱でね。代わりに娘が10歳ぐらいから執政に関わってたって有名な話。文武両道のプリンセスと破天荒なヤンキーが、親同士の取り決めで結婚させられたってことよ」
「む、無理やりで結婚!?」
正直、相手がイーヴァンでなくても、かなりゾッとする話だと思った。ぐるぐると考えた結果、ぽつりと疑問が口をつく。
「好きな人とか、いなかったのかな……」
虚を突かれたような顔をしたトゥルーが、コホンと咳払いをして、落ちていた枝を拾い上げる。
「いたとしても、よ。自分の国の安寧と、個人的な恋心。どっちを選ぶべきかなんて、13歳のあたしにでも分かる」
ゴリゴリ……と、砂地に王冠のマークとハートを並べて描くのを見て、じっと比べてみる。
「どっちをどう選べば」
「イヤ!! 比べるまでも無いって言ってんのよ! 重さが違うでしょっ!」
「なんで!? 大事なのは自分の気持ちでしょ!?」
バチチチチ! とにらみ合う。
「か、噛み合わないわ、あんた! 立場ある人の責任は、誰の目から見ても明らかでしょ? 大体、自分の気持ちは隠せるじゃない!」
ぐっと言葉に詰まった。ルイとエメラの顔が、さっと過ったから。

黙ったわたしを尻目に、枝を投げ捨て、トゥルーがまた歩き出す。
その後ろを追いながら目に浮かぶのは、大樹の丘一面の花びらのじゅうたん。
村の花祭りの後片付けで、花びらを掃いて集めていた時、エメラに声をかけられた。
「シェンナ、話があるの。ちょっといい?」
いつもと違う、改まった態度と緊張した声。
「なに? どうしたの?」
しばらく言葉を選ぶような間があって、エメラの目がこちらを見据えた。
「私、あんたのこと妹だと思ってる。馬鹿にしてるんじゃなく、ね」
細く息を吸うと、エメラは泣きそうな声で言ったのだ。
「さっき、私、ルイ君にプロポーズされたの」
世界の音が止まった思いがした。急に、祭りの後に二人が連れ立って歩いていく後ろ姿がフラッシュバックした。なぜ、わたしじゃないのかと、一瞬の間に何度も同じ問いが交錯した。同時に、おめでとうって言わなければと、喉がぐうっと締まる心地に俯く。
「今日の夕暮れ、この樹の下で返事をする約束をしたわ。プロポーズを受ける。でも、あんた、ルイ君に言うことがあるんじゃないの?」
いつも気丈なエメラの声は震えていた。
「もし今日、私が返事をするまでに言わない気なら、ルイ君にこの先一生、好きだって言わないで」
夕焼けが村を染める時刻、二人は樹の下に居た。
「ルイ君……、今日、シェンナに会った?」
「いや? 祭りの後から顔を見ないんだ」
「そう……」
山肌に隠れていく夕陽を見ながら、エメラがため息をつく。そしてルイに向き直った時、わたしは計画を実行した。
ヒラ、ヒラリ。
大樹の上から、ピンク色の花びらが舞う。
「「?」」
二人がこちらを見上げた時、わたしは花びらを集めた大きな籠を2つ同時にひっくり返した。
ドサアアアア。
思ってたより風に舞わなかった。頭上から見事に花びらを被った二人の真ん丸な目がこちらを見ていて、思わず笑ってしまった。
「ルイ! エメラ! おめでとう……」
笑ったはずなのに、目の前がみるみるぼやけていって、最後の方は声が震えたが言い切った。
「しあわせになってね」
「ありがとう!!」
ルイが嬉しそうに笑って、花びらのたくさん積もった頭を下げる横、エメラは目を真っ赤にして、いつ以来かぼろぼろ泣きじゃくってしまった。
はぁ……と喉から熱いため息が出た。
「やっぱり、違うと思う」
トゥルーの背中がぴくっと反応する。わたしの言葉を待ち構えている気配。
「なんの気持ちもない相手にプセリアは渡せないし、受け取れないよ」
無意識に自分の左手首を触る。
「ぷせりあ?」
聞き返され、少し驚いた。トゥルーには耳なじみのない言葉だったようだ。
「婚約の時に男性が女性に贈る、手作りの腕輪だよ。金属に言葉を彫ったり、木や貝のビーズを繋いだり……とにかく、あの腕輪は、そこに相手への本当の気持ちがあるから本物になるんだよ」
トゥルーが片眉を上げて、「ああ」と呟く。
「旧い伝承よね。あんたの村、まだその風習があるんだ。ふぅん……」
通路の緩く波立つ海面を見ながら、「手作りの腕輪」とまた呟く。
「それって」
彼女の次の言葉に、わたしは頭を殴られたかと思った。
「下手だったらサイアクだね」
「!?」
「だって、ずっとつけるんでしょ、ソレ」
もはや怒りかショックか、プルプルする指をトゥルーに向けて言い返す。
「トゥルーは恋を知らないんだな、さては!!」
「はぁ?」
やはり火の付きやすい性格のようで、向こうも腕を組んで言い返してくる。
「彼氏切らしたことないんですけど~」
「いいや! 本当の恋は無いんだ、絶対!!」
あれ? どこから恋愛談議になったんだっけ? と思わなくもないが、お互い10代の女子。恋の話は止まらない。
「本命は不在だけど……ぬっるいこと言うのね。どんなよ、本当の恋って!」
「わたしの知ってる男の子は、好きな人を見る時、必ず目を細めて、眩しいって顔するよ」
そこまで言って、ルイがエメラを見て笑う横顔に胸がひりっと痛み、口をつぐむ。
トゥルーがわたしの様子から察したように髪をかき上げる。
「どうなったの、その二人」
「……もうすぐ、結婚の予定で」
エメラとルイの最期までを言い切れず、止まった言葉尻を拾われる。
「あーあ。それで本当の恋は終わったんだ? あたしはね、お母さんが死んでひとりになってから、大事なのはお金。お金や安全をくれる人が好きな人。あんたはさ、そういうの、求めなくてもあったんでしょ?」
急に、ハヤブサの顔が浮かんだ。浸水しない住処、養ってくれる人、大好きな友達。その全部があった自分の言葉は、そうじゃない生き方をしてきた人には軽く聞こえるのかもしれなかった。
「着いたわよ。ここから上がったら広間の端に出るから。あとは上手くやんなさい」
ハッと顔を上げると、仰々しい石造りの門の中に、細い階段の通路が見えた。

桜色の髪が通路を上がっていくのを見送る。あれだけ言い合いをした後なのに、別れ際にはしょんぼりと礼を言われた。
別に……、今日はレダからの情報がいい値で売れたから、道案内なんてただの気まぐれで。
花籠の中から札束を引っ張り出して数える。
母は亡国からの避難民で、生活は、わたしが生まれた時から既に苦しかった。でも、ボロくて小さくても持ち家だったのは、母の人徳だったんだと思う。よく働く人だった。貧しいのに、すすんで人助けもできる人だった。でも。
暑い日が続いた年。急に食べ物を受け付けなくなった母は、あっという間に弱って寝たきりになってしまった。
あの晩、母が急に苦しみだして、わたしは町医者のもとへ走った。すぐに来てほしいと、顔なじみの医者を急かして医療器具をかばんに詰めて、さあ出ようと言う時。足を捻ったとかで、貴族の男が入ってきたんだ。
図々しくも、早く診ろと横柄に。
下町になぜ貴族がいるのかもわからないが、そんなことを言っている場合ではない。母は今この瞬間も――。
当然、あたしの要件を優先してくれると思った医者は、貴族の男が出した札束に動きを止めた。
「トゥルー、少し待っててくれ。こちらを処置したらすぐ出るから」
びっくりしすぎて、見開いた自分の目が零れ落ちるかと思った。
男の足首に湿布が貼られ、包帯が巻かれるのを見てるのが、とんでもなく長い時間に感じた。
結局、あたしと医者が家に着いた時、母はもう息をしていなかった。
葬儀の手配をして、気まずそうに去っていった医者の後ろ姿は、瞼にまだ焼き付いている。
寝ずに考えた。何が命運を分けたのか。立場? 違う。あの時、一度は貴族の男を町医者は断ったんだ。
知り合いの子の母が重体なんだと。だから、そう。人の心を、行動を変えたのは、お金。
チュピピ!
青い小鳥がどこからか戻って来て、あたしの肩に留まる。
「おかえり。ご苦労さま。……なんか変な子だったわね」
花籠に札束を戻し、底から種を手のひらにすくい上げると、小さなくちばしがついばむ。
『助かっちゃった』
『かわいそうだよね』
『案内してくれてありがとう』
あの子、迫害対象の珊瑚人なのに――全然、卑屈なところが無かった。
守られてきた? 人目に触れないように。自分をそのまま愛せるように。
ずん……と胸に何か重いものが落ちる。
なに? あたしの人生って、珊瑚人より悪いわけ?
そんなわけない……! けど、本当にいるんだ、あんな――
悪意も、敵意も、向けられたことない人。
「あーーもう! なんか疲れたわ。戻りましょ」
肩の相棒に話しかけて振り向きざま、足元の異変に思考が止まった。
今しがた、恋バナをして通ってきた道が波打ち、鈍い光を反射している。
「嘘でしょ……、海が上がって来てる!」
息をのみ、あたしはとっさに神殿への細い通路を駆け上がった。

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