ヘッダーメッセージ

06 コラド

「イデア、泳ぎに行ったにしては遅くないかな……。」
すっかり昼を過ぎた部屋で、シェンナは手持無沙汰だった。
まだ空腹は感じないが、おそらく既に3時のおやつ前ぐらいの時間だ。
(捜しに行く? でも入違ったらややこしいし)
その時、ノックの音が聞こえた。
「はーい」
「お連れの方から伝言を預かっております」
どうやらここの従業員らしい。
ドアを開けると、相手の笑顔がヒッと一瞬ひきつったように見えた。
「? なんですか?」
「こちらを……」
渡された紙を開くと、流れるような文字で、
『ごめん、急に戻れなくなった。
神殿へ向かって。
ひとりにするつもりじゃなかった。本当にごめん。』
とあって、シェンナは二度見した。
「えぇぇ、イデア――!?」
宿の人に礼を言ってドアを閉めようとすると、震える声で呼び止められた。
「申し訳ありませんが、できればすぐにお立ちください。宿代はいただいております。ただ、こちらも海期前で部屋が足りませんので、どうか」
もう次に向かう場所は決まっていたし、イデアが戻らないなら特に長居する用もない。
そういうものかと承諾し、荷物を持つ。
「……あれ? わたしのポンチョが無いぞ??」
気に入っていたフード付きの外套が、部屋のどこを探してもない。
(イデア、間違えて持って行っちゃったのかなぁ。次会ったら返してもらおう)
実際に持って行ったのはヤサギだが、そんなことはつゆ知らず。
桜色の髪から柔らかく水面のような光をきらめかせ、シェンナはひとり、イミシュの雑踏に踏み出した。

レダは機嫌がよかった。
昔から自分を見るたびに化粧をさせてくれとせがんでくる、ウザイ相手とプールで鉢合わせた。
幸いこちらは既に上がったところだったので、即座に知り合いに『通報』できたからだ。
そこからは早かった。
数人の兵士がイデアをプールから追い立て、服を着せ、さっさと馬車に放り込んで連れて行った。
なにか去り際にぎゃあぎゃあと施設スタッフに頼んでいたが、知ったことではない。
「王国官僚なら、こんなところで油を売ってないで働くべきだよね」
ふふんと鼻歌交じりに、レダは気に入っているクロスモチーフのネックレスを下げ、いつもの少しかっちりとしたローブを手に取った。
胸元から裾にかけて大きく十字が描かれていて、背中には桜珊瑚の意匠がある。
真っ白なそれにレダが袖を通すと、みるみるうちに衣は目の覚めるような青へと変わった。
部屋を出て、2つとなりだったヤサギの部屋に声をかける。
「僕もう出るけど、君まだ寝てる時間だろうから先――」
ガチャ。
思わぬ速さでドアが開き、いつもの無表情に、どこか黒い空気をまとってヤサギが出てきた。
「……おはようございます。共に出ますよ」
「機嫌わるっ。なんだよ、寝てないの?」
夜行性なこの連れは、いつもなら昼前から夕方まで起きないのに。
「ちょっと考え事をしていまして。それに、夢にもあの赤い獣が出てきそうでしてね」
「どの獣だよ……」
前後の文脈を気にしない発言には慣れているが、今日は行動が輪をかけておかしい。
フロントに行くと、宿を出る者と入る者でちょっとした混雑が起きていた。
「この宿唯一の難点だよね。時間帯を分ければいいのに」
ヤサギからの返事は無い。
ただ、大きな観葉植物の植え込みの縁に腰かけ、手元の外套を見ている。
「? それ君の?」
「いいえ」
あっさりと。
宿代を手渡され、じゃあ誰のだよという追撃をあきらめて、レダは列の後ろに並んだ。
「……なんで二部屋分の手続きを、僕が。だから自分で書けよ!」
しれっと通りの方に目をやるヤサギに、先ほどまでの機嫌のよさは霧散した。

「建物も多いし、人も多い。そして何より坂道だらけ!」
イミシュの街は、市場に続く大通りと細い路地が混在していて、村育ちのシェンナからしたら巨大な迷路のようだった。
「えっと? ハヤブサはこう言ってたよ。神殿は高いところに建ててたぞって」
その言葉を頼りに、先ほどから坂道を捜しては上を目指している。
いるのだが。
両側を背の高い建物で挟まれた細い路地は、上を見ればカラフルな洗濯物がたなびき、空が見えない。
「合ってるのかな~、この道」
はぁ、ふぅと息をつきながらようやく路地を抜けると、少し広い通りに出た。
揃いの服を着た若い少年たちが、買ったばかりらしい揚げ物を手に歩いている。
シェンナは知らないが、スコラと呼ばれる学校が近い通りだった。
それを横目にまた坂道を捜していると、突然、
「おい!!」
と声を掛けられた。
シェンナが振り返り、青い海色の目が呼び止めた少年たちを見つめると、彼らは一斉にざわつき始めた。
「うわ。マジかよ」
「桜色の髪と海の目」
「珊瑚人じゃん」
「コラドだ!」
何を騒いでいるのか、シェンナにはわからなかった。
聞き慣れない言葉を、そのまま聞き返す。
「こらど……?」
何か言いがかりをつけたいのかと思った。
けれど少年たちは、遠巻きにしながらも、どこか楽しそうだった。
近づいては来ない。
でも、逃がす気もなさそうだった。
「なんなの?」
もう行くね、と言おうとした瞬間、少年の1人が大声で叫んだ。
「滅びを呼ぶ魔女がいるぞ!」
学生通りを歩いていた人間たちが、一斉にシェンナへ向いた。
「ねぇ、わたしは、そのコラドっていうのじゃないし」
シェンナは眉を寄せ、学生たちを見渡す。
「はぁ? その光る髪と目が証拠だろ」
「絶滅してなかったんだ」
「堂々と街に来るなよ!」
「学校も行けなくて、字も読めないんだろ」
ダメだ。
話が通じる相手ではなさそうだ。
シェンナはため息交じりに、相手ひとりひとりの目を睨みつけた。
「わたしの村は、ここよりずっと小さいけどね。そんなこと言う人はひとりもいない村だった」
両親が褒めてくれた自分の容姿が好きだ。
読み書きは、ルイが教えてくれた。
「すこらが何をしてくれるのかわかんないけど、あんた達の言葉、人に使う言葉じゃないよ」
王国の学校では、珊瑚人への差別を明確に教えられる。
そのことを、シェンナは知らない。
学生たちもまた、迫害対象である者が対等に言い返してくるなど想定していなかった。
「なんだこいつ……」
「気ぃつよ……」
少年たちがひるんだ一瞬の隙をついて、シェンナは身をひるがえし、脱兎の勢いで緩い坂道を駆け上がった。
「あっ?」
「待て! コラド!」

チリッ。
痛みにも似た何かに、支払いを終えたばかりのレダは胸元を押さえた。
「?」
ヤサギは相変わらず、植え込みの縁に腰かけて外套を眺めている。
「……イデアが光を導きたい先は、王の前ですかねぇ。おや、レダ、終わりましたか」
「ヤサギ。今、僕のこと呼んだ?」
「? 今って今ですか? 支払いは終わったんですか」
嚙み合わない会話に、レダは眉を寄せ、ヤサギは小首をかしげた。
「なんか、今さ。ん? ていうかイデアって言った? あいつ昼前にプールで会ったから、トゥルー経由で通報してやったんだよね。もしかして待ち合わせとかしてたならゴメンね?」
レダの言葉を咀嚼し、理解した様子でヤサギがゆらりと立ち上がった。
「光は今一人か。アテはあるんでしょうかね」
「もう! 全く会話する気ないだろ。いてて……」
宿を後にし、二人で路地を進んでいると、またレダの胸元がチリッと痛んだ。
青装束の襟を開く。
「……光ってる」
クロスモチーフのネックレスが、淡い光を放っていた。
ヤサギが目を細める。
「初めて見ますね。どういう状態ですか」
レダとて初めての状況に黙り込む。
少し考えてから、ネックレスを口にくわえた。
「やれやれ。どこの誰だか知らないけど」
連れの神父を見つめるヤサギの昏い双眸に、ぱっと冷たい光が反射した。
「守れ。アウィス・アクアティカ」
短い詠唱と共に、レダの指先から放たれた何かが、音もなく空へ舞い上がった。

縦横無尽に、桜色の光がイミシュの街を駆ける。
曲がり角の先、路地脇の共同水場で水汲みをしていた青年を避けきれず瓶を倒してしまい、路面に水たまりが広がる。
「ごめんなさーい!」
体勢を立て直し走り去る少女の声の後、4、5人の少年がバタバタと追いかけているのを呆気にとられて見つめる。
「なんだってんだよ、まったく……あっ?!」
水たまりが淡く明るいグリーンに発光したと思えばすぐに空を映したものに変わる。
逃走劇の上空、路地を走るシェンナの頭上を、何か大きな影が横切った。

不思議、わたしって……思ったより足が早かったのかな?!
正直なところ同世代らしき少年から逃げ切る自信は無かったのだが、なかなか追いつかれない。
時折、背後で悲鳴が上がるのが気になるが振り返っているほどの余裕はない。
「もう~~!」
逃げ回ってるせいで余計に現在地がわからなくなったし、せっかく上った坂道も何度か降りる羽目になっている。
路地を抜けた先、大きな噴水のある広場に出た。
すぐに向かいの違う路地から少年の1人が顔を出したのに気づく。
「しつこ~い!」
その時だった。
何か大きなものが頭上を通り過ぎ、噴水が絶え間なく吹き上げる水柱に突っ込んだ。
バシャアア!!
ビシャビシャ! と一瞬のうちに広場が水浸しになり、夕方の散歩をしていた人々が悲鳴を上げている。
思わず足を止めてぽかんとしていると、チュピピ! と可愛い声がして目の前を青い鳥が横切った。
すぐそばにあった細い路地に飛んでいき、排水溝の淵をコツコツと叩き始めた。
「? そこに入りたいの?」
あまりに熱心に繰り返しているので寄っていくと――ガシャ! 鎖を引くような音がして、鳥がつついていた排水溝そばの壁、その一部が奥にずれた。
わたしの膝辺りまである四角い穴が開き、聞き覚えのある少女の声がした。
「居た! こっちよ早く」
「えっ? えっ?」
考える間もなく壁にあいた穴に近寄ると、
「頭下げて!」
胸元をつかまれて一気に引き込まれた。
驚いたのは穴のその先で、同じ高さの地面があるものと思っていたら急こう配の下り坂を数メートルは転げ落ちた。
「うわ、わっ、わぁぁ!」
べしゃっと地面に突っ伏すわたしの前に、ふわりと布を重ねたワンピースが揺れた。
「何やってんのよも~~……助けちゃったじゃない」
その声に顔を上げると、呆れたような顔をした美少女がこちらを見下ろしている。
「あっ! トゥルー!! だよね?!」
思いのほか大きな声が出て、トゥルーが飛び上がり、わたしの口をふさぐ。
「しぃーーー! あんた追われてる自覚ないの?!」
砂をはたいて起き上がり、あたりを見渡す。
薄暗くてよくわからないが、大声が反響する大きな空間らしかった。
「たしかに追われてるんだけど、なんか誤解か人違いだと思う」
「はぁ?? あんたね……」
「ありがとう、助かっちゃった」
ひとまず助かったようでトゥルーに笑いかけると、変な顔をされた。
そういえばこの子は情報屋だとイデアが言っていた。
「ねぇ、カイマン神殿っていうところに行きたいんだけど、行き方知ってる? あ、お金取る?」
まじまじとこちらを値踏みするような間のあと、トゥルーが呆れたように笑った。
「さすがに道案内で取らないから。あんたお金無さそうだし。ついてきて」
なんだか初対面の時の愛想のよさがかき消えているが、笑い方にエメラに近いものを感じ、わたしはトゥルーの小さな背中を追った。

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