05 本当だった世界
「……?」
ヤサギは何が起きたかわからず、しばらく自身の手を見つめた。 颯爽と自分の後ろを走り去り、今は目の前で眠る少女が『完全な人の姿』をしているのにも驚いたが。
「……貴女で、間違いはないはずだ」
枕の錐を引き抜き、少女を抱き起こそうとした時だった。
ゴォ!と火の玉が目の端を掠めとっさに身を引く。
「魔獣?どこから」
開いた窓から褐色の影が躍り込む。
続けて頭上に殺気を感じ、身を翻した。
長い牙に柄の部分をつけた片手剣がピゥッと空を切った。燃えるようなオレンジ色の目が自分を睨んでいる。
「関わりたくはなかったが……プールにいた男だろう。シェンナに何をしている!」
褐色肌に見覚えはあったが首を傾げる。
「どこかで会ってますか?」
「だからプールに俺も居ただろうが!目的は知らんがシェンナに近づくな!」
ひとつ息をつき錐を握り直す。
「眼中にありませんでした。近づくなとは誰に向かって言ってるんです」
チラリとハヤブサがシェンナに視線をやる。
(寝てる……無事かーー)
瞬間、眼下から真っ暗な視線を感じ飛び退いた。
ヒュ!と自分の顎先あった場所に、鋭く尖った切先が冷たい光の軌跡を残す。
「動きはいいようだ。見たところタカの生き残りですか」
「チスパ!」
少年に応え、ヤサギの後ろからまた火の玉のようにイタチが飛んできてハヤブサのもつ片手剣に巻き付いた。途端に刃の部分が伸びて長い槍状の武器に姿を変える。
「面白い手品ですね」
「お前は、何だ?人より何倍も死の気配が濃い」
こちらを威嚇する目の奥に、明確な忌避や恐怖を読み取りヤサギが目を細める。
「間違ってはいませんね。私たち星読みには肉体の死の先がありますから。ただまぁ……あなたには関係のないことです」
獣が変じた槍がしなるのか、長物の扱いに長けているのか、室内の家具の間を通して器用に繰り出される槍を紙一重でかわす。
「……はぁ。面倒ですね。一旦退きますか。」
ハヤブサの槍を踏み台にし、その背も蹴って、シェンナが寝ている寝台の傍に着地する。椅子に掛けられていたフード付きの外套を手に、もう一度シェンナを見下ろす。変わらない寝息にくすっと笑いがこぼれた。
「大物の予感」
すかさず背中からの槍をかわし部屋の扉まで一足飛びに飛んだ。
「タカの雛であるあなたに忠告して差し上げます。嫌われ者同士が一緒に居ても、失くすものを増やすだけですよ」
「!?」
何か言い返す前に音もなく戸を開け、白装束の袖が消えた。
ハヤブサが短く息を吐くと、擬態を解いたチスパが寝台に駆けて行った。
「あれぇ?ハヤブサ??来てくれたの?」
気の抜けた声に振り向くとシェンナがあくびをしながら身を起こしたところだった。
「あ、あ。……なんともないか?」
「うん、寝たらちょっとすっきりした」
チスパを両手で持ち上げ伸ばしながら笑う顔に、つい今までの緊張感が夢のように感じる。
ハヤブサが風にあたろうと窓際に腰を下ろすとシェンナも寄ってきた。
「……お前は、この後どうするんだ」
「えぇとね、神殿?に行くって、連れの人が言ってた」
だよな、とハヤブサが頷くのに少し首を傾げる。
「この街の一番高いところに建っていた。あれなら、どんな海の日も浸水しないだろう」
「えっと?どういうこと?」
「タカの里は海期のたびに大地が浸水してカヌーがなきゃ外出できない。その間は漁で命をつなぐ。もちろん泳ぐこともできるがたまにデカい生き物も入ってくるからな。」
あまりの環境にシェンナの口が開く。しかし、なにも言葉にはならなかった。
町の往来をハヤブサが眺める。
「浸水しない土地があるのは知ってた。しばらく移ってたこともあるから。でも、俺はやっぱり……」
言葉を切る横顔から、無数の傷跡のある褐色の腕へ視線を落とす。
『タカの里は幻獣島のすぐ近く。毎日命懸けだけど、少年たちは全員が家族のような結束でたくましく生きている』
ルイの声を思い出す。
「タカの里は、こないだ戦で壊滅した。仲間はみんな散り散りだ。王国の中心へ行くほどタカは避けられてることを知ったし、この2カ月は自分が消えたような気持だった」
戸惑うシェンナの目を、ハヤブサが真っすぐに見つめた。
「だから、シェンナに声かけられたとき、ビックリしたけど嬉しかった」
(タカが避けられてるのは、いくさで負けたからなのかな……)
うつむきそうなわたしをハヤブサがのぞき込む。
「どうしたんだ?」
「あの、ううん。無事に会えるといいなって……他の人と」
わたしの言葉にハヤブサは「ありがとう」と笑って、去り際にチスパがわたしの肩に飛び乗って首を一回りした。
「仲間と合流したらみんなを紹介しに来る」
チスパがハヤブサの肩へ戻る。
3階の部屋の窓から出ると、少し離れた隣の建物へ飛び移り、壁を伝ってあっという間に屋根から屋根へと走り抜けて行ってしまった。
(浸水しない街。それはわたしにとっても当たり前だった。わたしもどこかで、ルイの旅のお話を、架空の物語だと思っていた。)
2カ月前、そうだ。あの日――
『シェンナに話した物語が一つ消えてしまった』
とルイがひどく落ち込んだ日があった。
わたしは、落ち込むルイの心配ばかりしてたけど、彼はだれかタカの友達を思って泣いたのかもしれない。
ズキン、と胸が痛む。
「今ならわたし、もっとちゃんと聞けるのにな」