ヘッダーメッセージ

04 怖い人

館内着に着替え、髪も拭かずにロビーを突っ切る。
駆け戻ってきたわたしを、イデアさんが迎えた。
待ち構えていたように、一度目のノックでドアが開く。
そのまま部屋へ雪崩れ込んだ。
「大丈夫かい? 知らない人に何か言われた?」
部屋はパーテーションで二つに分けられ、両側の壁には、彫り込んだ穴のような寝台がある。
その片方へ上がり、膝を抱えて丸くなったわたしを見て、イデアさんがため息をついた。
「シェンナ。君はさ、今までいろんなものから守られて生きてきたんだよ。このあと案内しようとしてたんだけど、宿で休んだら、まずこの街にあるカイマン神殿へ行こう」
話半分に頷く。
けれど、プールサイドから張りついたあの視線が取れず、さらに身体を丸めた。
「なにも……言われてはなくて。怖い人がいた。わたしを見てて、それだけなんだけど」
「そうか。昼の時間帯からは、この宿も混むだろうからね。今日はもう、ゆっくり休みな。俺もひと泳ぎしてから、ご飯の調達はしてやるし。留守番できるな?」
こくりと頷く。
するとイデアさんが、自分の荷物から長い包みを取り出した。
「?」
布を外す。
そこに現れたのは――
「えっ……ルイの、剣?」
「こっそり回収しといたんだ。君が一矢報いようと立ち向かった証だから。あのまま王様たちに持ってかれるより、よかったかなって」
「バレたら俺、まずいけどねっ☆」と、おどけるイデアさんから受け取る。
細身の剣の、重さ。
鞘ごと抱えて横になると、いつの間にか、わたしは深い眠りに落ちていた。

部屋の鍵を閉め、中庭へ向かおうとしたイデアの足が止まる。
「うわ。君かあ、シェンナが怖がってたのは」
数部屋先の廊下に、白装束の男が立っている。
柔らかなベージュブラウンの髪を、ゆるく束ねた痩躯の青年。
一見すれば女性的にも見えるのに、その細面にある闇夜色の目だけが、男をどこか危険で異様なものに見せていた。
「……王国高官である貴方の連れとは。少々意外でしたね」
落ち着いた声に、敵意も悪意も感じられない。
けれど、何か聞きたげな雰囲気を察して、イデアが肩をすくめる。
「ヤサギさん、やっぱりシェンナ狙いなんだ。ちょーっと手を出さないでくれないかなあ。俺、あの子を導かなきゃいけなくて。な? 頼むよ」
白装束の中で組んでいた手を解き、す、とヤサギが指を一本立てる。
「予言をお伝えします。間もなく貴方は、長年探していた運命のお相手に出会うでしょう」
イデアの目が瞬いた。
「えっ? なに、北の星占い? 俺の恋愛運キテる?」
途端に色めき立つ派手な麗人に、ヤサギが意味深に頷く。
「これをお伝えしたくて。顔見知りの仲ですし」
意外といいヤツ!!
上機嫌になったイデアの背中を見送り、ヤサギは一度通り過ぎた部屋の前へ戻る。
年代物の鍵穴を難なく突破し、音もなく室内へ入り込んだ。
足音を立てずに歩く癖を、しょっちゅうレダから嫌がられる。
けれど、今日はそれが役に立っていた。
パーテーションで分けられた部屋の左側。
壁をくり抜いたような寝台に、小さく上下する布団が見える。
枕元から覗く髪色に、思わず息を呑んだ。
桜色の流れは、毛先へ向かうほど昼空のような明るいブルーを帯びている。
光を弾く艶髪とはまた違う。
水面のような揺らぎを宿した髪。
「あなたでは力不足ですよ、イデア」
言葉が口をついて溢れた。
「この光を導くのは、あなたではなく私の使命です」
その声は深く、重く。
しかし、確かな高揚を孕んでいた。

枕元に腰掛けるとマットが沈むと同時にガチャ、とかすかな金属音が鳴った。用心のためか剣のような物を抱いて眠っている。本来は装飾紐を通すのか輪っか状の柄の先部分しか見えないが。
「……剣を抱いて寝れば安全、ですか」
ヤサギが右袖を静かに振ると、錐状の道具が滑り降りて手に収まる。間をおかずその先端で柄頭の円環を貫いた。
すぅ……小さな寝息は変わらず、枕に刺さった錐が揺れている。
「……起きない。単に鈍いのか、こちらに殺気が無いのがわかるのか。」
次のアプローチを考えていると、少女が向こう側へ寝返りを打った。少しだけ束と鞘の模様の一部が見えて何気なく観察する。
「……絵、いや象形文字?……」
詳しく見ようと手を伸ばす。鞘に触れる間際、体勢を変えた少女の手がヤサギの手に触れた。
(……!起きた?)
「ぅう…お母さんごめん……」
「こんな大きな娘はいませんよ」
思わぬ呼びかけに言い返すが、やはりまだ眠っているようで。
「エメラ……ルイ」
ぐっと握られた手に雫が落ちる。
「ひとりにしないでよ」
剣を掴む自分の手の甲を濡らした涙に驚き、ヤサギは手を引き抜いた。

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