ヘッダーメッセージ

02 人がいっぱい

初めて見る街は、イミシュといった。
明け方だというのに、道の両側には市場が開き、大勢の人が行き交っている。
呼び込みの声は、街の外まで聞こえていた。
イデアさんがわたしの格好を見て、上着のフードをぽすっと被せてくる。
「この方が可愛い♪ 街に入ったら、すぐに宿を探そ。よく歩いて偉かったな」
二人して、賑やかな通りを歩く。
色とりどりの野菜や果物が並んでいる。
それから、美味しそうな匂いも漂ってきた。
ぐう!
明らかに、隣を歩くイデアさんの足が止まった。
頭上から感じる、フード越しの視線。
やがて、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「お腹が減ったんだね。ゴメンよ、気づかなくて。その辺で調達してくるから、ちょっとここで待ってて☆」
そう言うなり、人混みの中をするすると縫って、イデアさんの背中が消えていった。
「……なんか、どんな時もお腹って減るんだな」
我ながら正直な腹の虫に、少し遠い目になる。
けれど、一人になると。
強烈に、父と親友二人に起きたことが思い起こされた。
胸の奥が、むかむかとしてくる。
絶対に、許さない。
腰に下げた金属の筒を握りしめた、その時だった。
「ねぇ、お花買ってくれない?」
フード越しに見える足元は小さく、スエードのブーツには小鳥の刺繍があった。
つま先がこちらを向いているということは、どうやらわたしに声をかけているらしい。
「いかが? 朝摘みのお花なの。どれもアタシが育ててるのよ」
ゆっくりと目線を上げる。
色とりどりの花が入った籠。
わたしとそう変わらないか、少し小柄なくらいの身体つき。
ふわりと布を重ねたワンピース。
ようやく目が合って、
――わ、綺麗な子だ。
と思った。
濃く長いまつ毛が紫色の目を縁取り、水色に染めた柔らかく波打つ髪が、ゆるく巻かれたターバンから溢れている。
「あ、お花? 綺麗だねっ」
「でしょぉ?」
わたしの感想に、うふふ、と小首を傾げる。
何だろう。
たぶん年も変わらないくらいなのに、仕草に妙な艶がある。
「それにしても、花って買うものなの?」
ぴたり、と。
一瞬、その子のまとう空気が止まった気がした。
けれど次の瞬間には、にこぉっと満面の笑みを浮かべ、踵を返す。
「そぉよね〜。貰うものよね〜。甘く見たわ」
「あれっ、行っちゃうの?」
何か語尾に黒いものを感じた気がする。
外の世界で初めて話した相手だ。
引き止めるべきか迷っていると、ピィー、と高い鳴き声がして、花売りの子の肩に青い鳥が舞い降りた。
花籠の底から種か木の実を取り出し、肩の鳥にあげる。
その様子を眺めていると、ふいに背中がくるりとこちらを向いた。
「ひとつ忠告しといてあげる。今、この街には人がいっぱい。一緒にいるイデアとは……離れた方がいいと思うな」
何を言われたのか整理する前に、ワンピースを翻し、路地の奥へ消えていく。
「おまたせ〜! 朝ゴハンってセンス出るかなって、いろいろ迷っちゃった! 宿で食おう……どうした?」
明るい声と同時に戻ってきたイデアさんの顔を、しばらく見つめる。
そして、はっとしてまくしたてた。
「ねぇ、花って、育てて、欲しい時は摘むよね?!」

――イミシュの町・北側の宿
「あ〜……そりゃトゥルーだな。あの感じで凄腕の情報屋。なんでかな〜、嫌われてんの俺……」
部屋の丸窓に腰掛け、煙管をくわえたイデアさんが苦笑する。
花売りの情報屋なんて、何だか物語の主人公みたいだ。
「情報屋の名前がトゥルー……本名かな?」
「さてねぇ。『人がいっぱい』か。きなくせえなあ」
イデアさんが買ってくれた朝食のケバブを頬張りながら、小さくため息をつく。
「なんかさ、村の外って広い。イーヴァンのお城までは、ここからどのくらい?」
「焦りなさんな。お城は逃げない。ここは王国の中でも、交易のハブ的な場所だよ。いったんここを経由して、東西南北に向かうかな」
ケバブの包み紙をたたみ、またため息をつく。
「ここは、いろんな人が来るってこと?」
「簡単に言えばそう。人も、情報も、物もいろいろね。ここから王都に行く人間もそりゃ多いだろうけど、大半は城下町で商売やら買い物〜とかだろうな。このイミシュより、もっと大きな町だから」
もしかして、王に会うって思ったより大変なのでは。
窓の外を行き交う人々を見て、多少げんなりする。
「このままじゃダメだ」
「おっ? どうした?」
「さっき、中庭にプールが見えた」
「んっ?」
ベッドの上に置かれた、ワンピースタイプの湯浴み着を手に取る。
「気分転換をしてくる。イデアさんは寝てて。朝食と道案内ありがとう」
「ちょっ! ちょい待ち、待っ……」
何か言いたげなイデアさんを背に、部屋を出た。
階下のプールへ向かう。
ロビーまで降り、受付のカウンターで中庭のプールへの入り口を聞く。
ロッカーの鍵を用意してもらうのを待つ間、隣で二人の男性が何やら口論をしていた。
何の気なしに耳に入ってきた会話は――
「何度来ても、風呂がない文化圏は慣れませんね。水は北より豊富なのだから、各部屋に浴槽をつければいいのに。温水プールとは」
「毎回同じ文句をよく繰り返せるね。そんなに他人に肌を見せたくないなら、長袖タイプの湯浴み着をレンタルしたらいいだろ」
……なるほど。
いろんな文化圏の人が来るんだな。
ちょうど鍵を差し出され、「ありがとう」と受け取る。
なんだか暑いと思ったら、イデアさんに被せられたフードをそのままにしていた。
もう脱ぐんだし、いいや。
フードを外し、二人の男性の後ろを通って、更衣室へ向かった。
「……見ましたか?」
宿泊の記帳をしている青装束の青年に、白い装束の青年が問いかけた。
「は? 何? で、結局湯浴み着はいるの、いらないの。ていうか自分で書けよ」
不機嫌に顔を上げた青装束の青年――レダが、連れのヤサギを睨む。
「部屋に行く前にプールへ行きます。湯浴み着をひとつ」
「はっ? 急に手のひら返すじゃん。ていうか一度部屋に寄れよ! なんで……」
言いかけて、レダは口を閉じた。
ヤサギの目に、いつもとは違う感情がある。
興奮――いや、それだけではない何か。
レダは、先ほどの少女が消えた通路へ目を向ける。
「……ヤサギは、何を見たって?」

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