01 知るための道
初めて村を出てから、十分も歩かないうちに、芝生の道はなくなった。
代わりに現れたのは、白い砂地と、ごつごつした灰褐色の岩場だった。
「イデアさん、これは人が歩く用の道なの? わっ」
出っ張った地面に足を取られそうになり、咄嗟にそばの岩へ手をつく。
触れた瞬間、岩の表面をぱっと光が走った。
血管のように細く枝分かれして、すぐに消える。
「大丈夫かい? うーん、これは道とは言わないかなあ。舗装された道は、あの窪んだ場所を越えた先からだよ」
イデアさんが指さす方向に目を凝らす。
渓谷とまでは言わないけれど、こちら側とあちら側を隔てるような、大きな溝が見えた。
そばまで近づいてみると、やはりそれなりに深さのある谷だった。
見渡してみても、特に橋が架かっているわけではない。
「あの光ってる場所がわかるかな? 控えめな夜景だけど、割と大きな街でね。あそこまで今日は頑張ろう」
イデアさんが谷の向こう側を指さす。
確かに、小高い山影のような場所に、ぽつぽつと光が見えた。
「ここを降りるの?」
「サクッと行こう♪ 急かしてごめんね。でも明日になれば、ここら一帯、海の底になっちゃうから」
よくわからないまま、斜面を慎重に降りる。
ところどころに、やはり大きくて歪な岩があって、掴まるたびにぱっと光った。
「海の底に……って、今歩いてる道が消えちゃうんですか?」
「……内地の子は知らないかな。この大陸にはいくつかこういう谷があって、海の二十日間と陸の二十日間が交互にやってくるんだよ。この暦は狂ったことがないからね。それでも行商人や旅人なんかは命懸けだよなあ」
初めて聞く話に、目を瞬く。
「え、そんな一か八かみたいな旅をみんなしてるの?」
「まさか! 今は各地に海守連ってのがあって、あっち側からこっち側まで渡るのは時間的に無理ですよってなったら、狼煙や閃光弾を上げて合図してくれる」
谷底まで降りて、さて反対側にはどうやって登るのかとハラハラしていると、辺りを見渡していたイデアさんが「あったあった」と壁際へ歩き出した。
見ると一箇所だけ、丸太や土嚢が広く積まれ、雑ではあるけれど斜面のようになっている。
「……これが、さっき言ってた舗装された道?」
落胆したわたしに、明るい笑い声が降ってくる。
「やだなぁ、違うって! これはあくまで応急処置。上までロッククライミングしないで済むように、昔からみんなで管理してるんじゃないかな」
「みんなで……」
うーん、と考えてから頷く。
わたしと、知る限りルイは村から出たことがない。
けれど、エメラや他の人たちは、外へ買い出しに行っていた。
土嚢の小山を登り切り、服についた砂を払う。
その時、不意に何か――肩を掴まれたような、背中側の服を引っ張られたような感覚がして、振り向いた。
誰もいない。
何もない。
ここからはもう、わたしの村の明かりも見えなかった。
「どうした? 大丈夫?」
先を歩いていたイデアさんが振り返り、首を傾げる。
「あ、うん。今……なんでもない」
イデアさんに駆け寄る。
わたしの足元で、足跡の形にぱっぱっと光が弾け、すぐに消えた。